椎葉の人は百面相②~畑を耕す久喜さん~

椎葉村に引っ越して3か月。少しずつですが知り合いも増えてきました。村の人に出会って驚いたのは、一人一人がいろんな顔を持っていること。神楽の舞い手だと思っていた人がガソリンスタンドで働いていたり、牛飼いだと思っていた人が神主をしていたり、役場職員だと思っていた人が家では椎茸を作っていたり。同じ人なのに会うたびにその人の違う一面が出てきて、一体いくつの顔を持っているんだと。椎葉の人はまさに百面相。このシリーズでは百の顔を持った椎葉人にスポットライトを当て、その人のいろんな顔を紹介していきます。

久喜さんはいつものように牛の放牧を済ませると牛舎の外側に干してあった穀物に手をやった。

「これをあやしてくれないか。」

久喜さんは僕に言った。

あやす?これはなんだ?

何もかもわからないことだらけだったが、今日の僕の仕事は決まった。

これとはタカキビのことで、「あやす」とは穀物の粒を穂から外すこと、つまりは脱穀である。

久喜さんはこのタカキビも自分で育てているし、牛のごはんになるトウキビ(トウモロコシ)や牧草、白菜やイモ類など自分たちが食べる作物も育てている。

ちなみにこのタカキビは人間が食べるものである。

どういう風にあやすのかというと、手ごろな棒で叩いて粒をとる。

とはいうものの専用の棒があるわけでもなかった。

久喜さんはおもむろに薪置き場へ向かい少し吟味した後に木をひとつ手に取った。

するとノコで木の真ん中あたりにくるりと一周切れ目を入れ、それからナタで木の半分をそいでいき持ち手を作っていった。

あっという間にあやし棒が完成した。道具はその場で作るのだ。

あやし方はシンプルで、地面に広げたブルーシートの上でタカキビを棒でトントンと叩くだけ。

単純だけど、ずっとやっていると腕が疲れてくる。でも音がなんだか心地よい。

昔はこういうリズムに合わせて歌ったりしていたのかな、なんて考えながら。

あ、ひえつき節もそうやってうまれたのか。

ちなみにタカキビの粒を取った後に残った茎と穂の部分で昔は箒を作っていたそう。

自然物を余すところなく使い切る先人の知恵には脱帽する。

その日の作業はそれまでだったが、粒がとられたタカキビは臼で粉々にされて餅などに混ぜて食べるのだそう。

その日、僕がタカキビあやしをする傍らで久喜さんと久子さんは家のすぐそばになっている柚子の果汁を絞っていた。

小さな絞り機で一つずつ。甘めの醤油にこれを少し混ぜて自家製の白菜にちょっとつけて食べるとうまい。

後日、餅ができたから食べに来いと呼んでいただいたのでまた伺った。

タカキビの入った赤い餅と、シンプルな白い餅。紅白のお餅をあの日絞っていた柚子が入った醤油でいただいた。

久喜さんと久子さん、二人の手がたくさんかかったこの餅はとてもとても美味しかった。

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