椎葉民俗芸能博物館

ずっと見に行きたいと思っていた椎葉民俗芸能博物館を訪問することができました。私の想像と異なり、なんと石垣の上に博物館が建っています。それだけでテンションが上がります。

博物館に入るとボランティアの方が博物館の説明をして下さいました。明治41年に日本民俗学の父、柳田国男が34歳の際に椎葉村を訪問し、その時の経験や、椎葉村の当時の村長、中瀬淳氏から様々な資料の提供を受けることにより、民俗学の名著『後狩詞記』を書いたこと、平成9年に日本民俗学にとって重要な地である椎葉村にこの博物館が設立されたこと、狩猟や焼き畑を研究する人々の多くがこの博物館を訪問するなど、様々なことを教えていただきます。

博物館の展示は「春の暮らしと祈り」「夏の暮らし」「秋の暮らし:焼き畑」「冬の暮らし:狩猟生活」など、年間を通じたテーマでまとめられています。椎葉村の伝統的な生活や焼き畑、狩猟、神楽から年中行事に至るまで様々な資料が展示されており、解説文も詳しく、映像資料も豊富です。中にはすでに椎葉村では行われていない行事や民具もあるそうですが、それらも分かりやすい解説文とともに展示されています。

ボランティアの方からも様々なお話しを伺いました。例えば、狩猟の前に唱える「諏訪の祓」という唱え言葉についてや、猟の際に持ってゆくオコゼという魚の干物の意味、サカメダリという、かつては狩猟の際に一定の方角を動物の逃げ道として残しておいた風習などについて、展示とともに詳しく説明していただきました。実際の展示とともに狩猟の風習の説明を聞くと、それだけで自分が山の中で狩猟をしているような、そして猟師の伝統を現場で経験しているような、そんなロマンに満ち溢れた気分になりました。

地域の博物館というと、今では行われていない昔の行事や、今では使われていない古い道具が展示されているという、なんだか古臭いイメージが付きまといがちです。しかし椎葉民俗芸能博物館は、かつての椎葉村の人々、そして現在の椎葉村の人々の生活を垣間見ることができる、生き生きとした展示がなされているためか、「かつて椎葉の人々はこのような生活をしていたのか」「今でもこのようなことをしているのか」というイメージがどんどん沸き上がり、「できれば実際に見てみたい/見てみたかった」という気持ちになってきました。

与えられた予定時間45分を大幅にオーバーしてもまだ見たりない、できれば次回は少なくとも半日はかけてじっくり見て回りたい、と思いながら、まさに後ろ髪を引かれる思いで博物館を後にしました。

TI

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