『十根川の風景』

曲がりくねった細い山道を、車が走ってゆきます。 窓から見える椎葉村の空は、いつも町で見ているそれよりも、少しだけせまく感じます。

…空が、少しだけ広がった。

そう思ったとき、車が止まりました。

切りひらかれた斜面に沿って、

ぽつん、ぽつんと点在する瓦屋根と、その間を埋める田んぼや畑。

十根川の集落にたどり着いたのです。

『なんて素朴な景色なんだろう。』

それが、最初に頭に浮かんだ、素直な言葉でした。

華やかな装飾をまとった商家が連なっているわけでもなく、

合掌造りの家々がそびえ立っているわけでもない。

それなのに、どうしてこんなに心を惹かれるのか。

この時は分かりませんでした。

地区内に設けられている、散策用のルートに沿って歩くことにしました。

散策路は、家々の間の狭い路地を縫うように走っています。

時折聞こえる鳥の声と、 木々をゆらす風の音のほかには、何も聞こえません。

椎葉村の伝統的な民家は、山の斜面のわずかな土地を使って石垣を積み、その上に建てられているため、横に長いつくりとなっています。

かつては土間だった場所が部屋に変わったりはしているものの、

ほとんどの民家が昔ながらの形をよく残していて、

何代にもわたり、大切に手入れをされながら、 住み続けられてきたのだということが伝わってきます。

民家だけではなく、

神社、田畑、そしてまわりを囲む山々の木々…

そのすべてが、先人たちの手によって受け継がれてきたからこそ、 今の十根川の風景があるのだと感じました。

路地や抜け道を探検していると、

子供の頃にもどったような、わくわくした気持ちを おさえきれなくなってきます。

石垣に腰掛けながら、あたたかな日差しにあたっていると、 時間の流れが止まってしまったような錯覚さえおぼえます。

常に、あらゆるものが変わり続ける世の中で、

当たり前のように、変わらない風景がそこにあることが、どれほどすごいことか。

今の時代に、その風景を直接感じられることが、どれほど幸せなことか。

そんな風景に出会えたことに、思わず感謝せずにはいられませんでした。

何にもとらわれることなく、自分だけの時間を過ごしたいとき。

十根川に来て、風景と時の中に溶け込んでみるのはいかがでしょうか?

(ライター:杉浦 佳希)

古い町並みと音楽をこよなく愛する30歳。

 

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